一足速く出撃した志貴達がそれをいち早く発見したのは当然の成り行きだった。

「!姫様、前方に『六王権』空軍死徒と思われる影を発見。こちらに近付いて来ます」

眼を凝らして見れば確かに周囲の闇よりも濃い影が無数、こちらに向って接近してくる。

もっともそれを確認できたのはアルクェイド、アルトルージュ、フィナ、プライミッツ、青子、そして志貴のみだったが。

「向こうも感づいていたって事ね。フィナ。遠慮は無用よ。ありったけの弾を叩き込んでやりなさい」

「はっ」

「面白そーじゃあ私も手伝うわね」

「はは、先生、お願いします。さつき、姉さんに『六王権』軍と遭遇、これから戦闘に入るって伝えて」

「うん」

「では行きます。全艦主砲正射!!」

「いっくわよー・・・スフィア!ブレイク!」

『幽霊艦隊』よりの一斉砲撃と青子の魔力砲が『シリウリの戦い』の開幕を告げる号砲となった。

四十五『シリウリの戦い』

志貴達と『六王権』軍との戦闘開始の報はすぐさま陸上からチョルルに向うエレイシア達にもたらされた。

それに前後する形で前方に死者の大軍を発見、更に上空で派手な爆発音と、閃光が煌く。

そしてその閃光に照らされて、次々と姿を現す死者の群れ。

時折、砲弾や魔力弾が流れ弾なのか狙っているのか次々と降り注ぎ、地上の死者を吹っ飛ばす。

「始まったという事ですか・・・全軍、戦闘準備!来ますよ!!」

その声と共に銃器や黒鍵を構える教会軍。

銃声が木霊し、地上でも交戦が始まった。









一方上空では、

「奪いつくして差し上げます!」

「みんな、枯れちゃえ!!」

秋葉の『檻髪』、さつきの『枯渇庭園』が広範囲の空軍死徒をまとめて略奪、枯れ果てさせて、

「たあああ!」

―居閃・烏羽―

「えい!」

―二閃・鎌鼬―

「・・・!!」

略奪と枯渇地獄から逃れえた空軍死徒は接近を試みるも、翡翠、琥珀の刃の餌食、またはレンの氷柱に貫かれる形となる。

この五人に指示を与えるのは当然シオン。

「秋葉!さつき、右舷四十度に敵集団になります。近寄られる前に一掃を!翡翠は左舷二十五度、五百メートル先の敵に先制の攻撃を、琥珀はもう直ぐ左舷十八度から襲来する敵の迎撃、レンは不確定の事態に備えて下さい!」

「判ったわ!」

「オッケー」

「はい!」

「うん!」

「・・・(コクン)」

シオンの指示はまさしく的確で一度たりとて外した事は無い。

旗艦に襲来する空軍死徒で側面ないし艦尾から襲撃する敵は軒並み攻撃する前に迎撃を受け、次々と倒される。

だが、真正面、すなわちに艦首側に関してはシオンは何の指示も出していない。

だが、シオンはその必要性すら見出していなかった。

何しろ艦首を守るのは彼女達の最愛の夫。

前方から空軍死徒が大挙して押し寄せる。

「・・・遅い」

―我流・十星改―

すれ違いざまに繰り出す、超高速の四つの刺突が空軍死徒四体の死点を貫き殺す。

どうにか接近しようと何体か迂回しようとするがそれも

「たぁ!」

「はぁ!」

アルクェイド、アルトルージュの爪で切り裂かれるだけ。

またプライミッツは旗艦を縦横無尽に走り回り、眼に付いた空軍死徒を次々と殺して回り続ける。

青子は魔力弾を間断なく飛ばし、フィナは艦隊の砲撃で空中、陸上双方からの支援攻撃を続けている。

一方地上では代行者達が二人一組を作り、死角を無くして連携しながら的確に『六王権』軍を撃破する。

その中でエレイシアを筆頭に『埋葬機関』の隊員は単独で動き、遊撃の立場で戦場をかき回す。

戦死した局長ナルバレック、重傷を負ったメレム、戦闘では当てにならないダウンを除き、予備である第八まで入れても五人だけであるが、その戦力差は歴然、特にエレイシアは魔術をも駆使して死者、死徒を次々と掃滅し続ける。

一見すれば殆ど人類側の優勢で戦闘が進んでいるように見える。

しかし、『六王権』軍もただ遣られているばかりではない。

確かに『幽霊船団』旗艦周辺や地上戦では劣勢を強いられているが、人類側が少数精鋭に対してこちらは死者まで投入した全軍を用いている。

数に任せて徐々に押し込み始めようとしている。

それに加え、上空の戦闘にもある変化が起こった。

「!ぐっ」

今まで順調に支援砲撃を続けていたフィナが突如表情を顰めた。

「フィナ!どうしたの!」

「・・・っ・・・ちっ、船団が一隻やられました。どうやら『黒翼公』が前線に出てきた模様です」

その言葉に全員が戦慄する。

『朱い月』に仕えた最古の死徒の一人にして『死徒殺し』の異名を賜った、二十七祖でも屈指の祖が動いたのだ。

見れば確かに最左翼に位置していた船が大破し大地に墜ちようとしていた。

それを眺めるのは空軍死徒を率いる殊更異形が目立つ有翼鳥頭の怪人。

「グランスルグ・ブラックモア・・・」

「まずい、このままだとまた『幽霊船団』は丸裸にされる・・・」

「フィナ!直ぐにブラックモアの迎撃に」

「アルトルージュ、それは出来ません!!私達が地上の支援を止めれば戦況は逆転されます!!」

アルトルージュがフィナに迎撃の命を下しかけるがそれをシオンが悲鳴交じりの声で止める。

「でもこのままじゃあ・・・」

「それはわかっていますが・・・」

「そうか、じゃあ仕方ないだろう・・・皆、俺が『黒翼公』を止める。皆は空軍死徒の掃討と地上支援を引き続き行って」

決断を下した志貴が全員の返事を聞くより早く

―極鞘・白虎―

双剣を持つや否や

―疾空―

文字通り風となり姿を消した。

見れば既にグランスルグが率いる空軍は二隻目を取り囲もうとしていた。









グランスルグは無表情に『幽霊船団』を破壊に取り掛かろうとする配下を無感情で傍観していた。

既にこの船に乗っていた骸骨兵士も騎士も完全に破壊している。

自分達を邪魔する者はいない。

だが、これが最後まで上手くいくとは欠片ほどにも思っていない。

敵が指を咥えて、自分達が不利になるのを黙って見過ごす様な無能である筈がない。

必ず手を打つ筈だ。

確信めいた思考を肯定するように一陣の風が走った瞬間、猛烈な殺意と共に配下の空軍死徒が残らず塵と化した。

そして甲板にはいつの間にか短刀を構える目的の男がいた。









『疾空』を発動させた志貴はすぐさま船から船に飛び移り、目的の船に到着していた。

転移を使えば楽なのだが、シリウリ郊外まで広がった『封印の闇』の力で転移は不可能な状況ゆえに、一刻も早く到着する為にはこの方法しかなかった。

そして到着した志貴は、問答無用とばかりに船の破壊を始めようとしていた空軍死徒を瞬殺、『疾空』を解除、双剣を消すと再び『七つ夜』を握る。

「・・・何がしか手は打つと思っていたが貴様が出て来たか『真なる死神』」

そんな志貴を見下ろしていた怪人が甲板に着地する。

「こちらとしても予想外だったさ。いきなり貴様が前線に出てきたからな『黒翼公』、グランスルグ・ブラックモア」

「まあ、こちらとしては好都合、貴様は誰よりも・・・そう『四肢の悪魔』たる彼よりも八つ裂きにしたかったからな・・・いや八つ裂きにしてもまだ飽き足らぬ」

「・・・どう言う事だ?俺は貴様とこうして相対するのは初めてだと思うが」

グランスルグの膨大な敵意と殺意を受けて志貴は怪訝な表情を作る。

志貴にはグランスルグに此処まで憎まれる理由は思い付かない。

「判らぬと言うか・・・度し難き無知、貴様は我が主君の器を堕落させ、更には己がものとばかりに占有した。この罪万死ですらまだ生温い」

グランスルグの言葉に志貴の表情が怒りで歪む。

「器だと?貴様、アルクェイドを器と呼ぶか。俺の妻を」

「黙れ身の程知らずが。あの器は『朱い月』が再びご降臨する為のもの。心など不要、自我など無用。ましてやたかが人間に媚び諂う魂等汚らわしい。ただ、『朱い月』に相応しき姿形であれば良いのだ」

グランスルグの言葉に志貴は本気できれた。

今まで外の世界を見る事も出来ず唯物として扱われてきたアルクェイド。

志貴はそんな彼女に可能な限り外の世界を見せてきたし、色々な事も教えてきた。

そして見るたびに、知るたびに、教わるたびに心底から嬉しそうに笑う彼女は本当に美しいと思った。

それをこいつは無用、不要、汚らわしいの言葉でで片付けた。

許す気など毛頭無い。

完膚なきまで殺しつくす。

「・・・覚悟できているだろうな・・・鳥頭」

「それはこちらの台詞。貴様は我が眷属とした後、何度でも八つ裂きにして何度でも回復させて何度でも・・・いや永久に殺し続けてやる」

そう言うや急上昇を開始した後、一気に急降下、志貴に襲い掛かる。

志貴も既に蜘蛛の如き動きで右方向に移動するや急降下中のグランスルグに攻撃を仕掛ける。

此処に戦いは始まった。









その頃、『幽霊船団』旗艦では志貴がグランスルグの元に向うのと前後して突然、大挙押し寄せてきた空軍死徒の対処に大露わだった。

「ちょっと!何か急にこっちに来ていない!」

矢継ぎ早に襲い掛かる空軍死徒を次々と引き裂きながらアルクェイドがその数に思わず辟易する。

「志貴の援軍に行かせない腹つもりでしょう。もしかしたらこれを予測していたかもしれません」

志貴を止められなかった(止める暇も無かったが)事を悔やむシオン。

それでもその分割思考は冴え渡り、次々と迎撃の指示を下す辺りはさすがと言うべきか。

シオンがいなければこれだけの実力者がいても何人かは犠牲が出ていた可能性がある。

「どちらにしても動くに動けないわよこれ!」

アルトルージュが言うように、まさしく雲霞のように押し寄せる空軍死徒に旗艦護衛の骸骨兵士、騎士に加え指揮官であるはずのフィナすら自身の能力を用いて迎撃に出てようやく互角。

個々人の力量は圧倒的に上だが、相手は数の暴力を全面に押し出して猛攻を仕掛ける。

一人でも抜ければそこから敵が侵攻してくるのは間違いない。

それだけ、『六王権』軍空軍は旗艦にのみ集中攻撃を加えていた。

「志貴ちゃん・・・無事だよね」

「当然だよ翡翠ちゃん。志貴ちゃん必ず無事に戻ってくるよ」

空軍死徒をまた一体斬り捨てながら志貴の身を案じる翡翠を琥珀が励ます。

皆口では不安を口にするが、心の奥底では志貴は必ず戻るという確信めいた思いがあった。

だが、その一方で皆、最も肝心な事を失念していた。

七夜志貴、いくら人間として限界を超える身体能力と聖獣を従えるとしても彼は人間。

不老でもなければ不死でもない。

その身体機能は間違いなく人間のそれであると言う事を・・・









側面から襲い掛かる志貴をグランスルグは再度急上昇してその攻撃をかわす。

そして再び上空から急降下、志貴目掛けて突撃を敢行する。

「ちっ!」

一撃、二撃と弾き回避するが、前後左右は勿論上からの縦横無尽な高速攻撃、おまけに一撃でも受ければ人間である志貴にとってはまさしく致命的な猛攻に志貴でも回避に苦慮する。

空を飛べない志貴と空を自由に往来できるグランスルグ、戦闘の幅が広がる分、後者に有利に働くのは当然だった。

「このままじゃいずれ捕らえられる・・・ならば」

咄嗟にマストによじ登り、グランスルグと同じ高さまで到達する。

そして、同時にマストを蹴り、虚空に躍り出る。

「狂ったか!地に落ちることしかできぬ人間風情が」

その行為を自殺行為と嘲笑いながら迎撃に向うグランスルグ。

グランスルグの言うように、人間である志貴には空を飛ぶ事は出来ない。

空に躍り出ても重力に囚われて大地に墜ちるだけである。

おまけにその間体勢を整える事等至難の技。

グランスルグの言うように志貴のそれは自殺行為に思えた。

しかし、交錯するかと思われたがその直前で志貴が急停止、更に後退する。

「!!」

思わぬ事に攻撃が空を切る。

それを待っていたように

―閃鞘・八点衝―

グランスルグから離れながらも繰り出されるのは斬撃の嵐。

咄嗟に回避し一旦距離を取るグランスルグ。

志貴は飛び出したマストに再び着地していた。

良く見れば、利き手の反対側の手には、マストと帆を繋ぐ役目を担っていたと思われるロープが何時の間か握り締められている。

それを確認してようやくグランスルグは先程の志貴の動きを理解した。

「小癪な・・・」

「こっちは貴様みたいに空を飛べないからな。無いものねだりするよりも、あるものでどうにかするしかないからな」

「忌々しい・・・だが、それでこそ八つ裂きのし甲斐がある。殺す歯ごたえがあるという事か・・・」

志貴を憎々しげに見やりながら呟く。

「だがな、愚かしき人間、所詮自由に動けるのはそのロープの範囲内、それにそのロープが切れれば貴様は自由を無くす。それをどう対処する気だ?」

「その前に貴様を殺せば言いだけの話だろ」

志貴らしくない挑発の言葉にグランスルグは無言で襲い掛かる。

言葉は無用、行動で示すのみと言わんばかりに。

志貴はといえば再び虚空に躍り出る事はせず、『七つ夜』を構え迎撃の構えを問る。

奇策は二度も通用する筈もないし、通用する相手である筈も無い。

こちらがある程度自由に動ける範囲など把握しているだろうから、隙を見つけてロープを切るだけだろう。

だが、まだまだ戦いようもあるし、何よりも最後の最後まで温存すべき取って置きの奇策を気付かれた様子は無い。

(まだ戦える)

最初の内はアルクェイドを侮辱された事で激昂していた志貴だったが、既に頭は冷えている。

迫り来るグランスルグを前にして、敵の動きを見極めようとしていた。

自分が生き延びる為に。

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